筆文字の職人、宇野龍之介さんをご存知でしょうか?
たとえ名前を知らなくても、一定の世代以上の方であれば、『水戸黄門』をご覧になったことがあるのではないでしょうか。
宇野さんは、東映京都・太秦撮影所で撮影された時代劇作品に登場する、看板・表札・書状・掛け軸など
いわゆる小道具のあらゆる“文字”を手がけてこられた職人です。
宇野さんのお父様は画家であり、やはり東映京都撮影所でお仕事をされていたそうです。
あるとき伺ったエピソードがあります。
ドラマや映画の一場面に登場する書物。ほんの一瞬しかカメラに映らない場面であっても、「見開きのページはすべて筆で書いてください」と助監督に頼まれていたこと。また、何度も使われる表札や看板については、材料が不足していたため、木材を一層削って再利用していたとのこと。
それに伴い、同じ文字を繰り返し書き直さなければならなかったと話されていました。
「保存しておけばいいのに」と内心思いながらも、それが現場のリアルだったそうです。
今では、時代劇の本数は減ってしまいましたが改めて、昔の時代劇を文字や襖絵に注目してみるのも面白いかもしれないですね。
時代考証をふまえた書体や筆の勢いは、どんなにデジタル技術が進んでも
たとえ高性能なフォントであっても、真に再現することはできないのではないかと感じます。
手書きの文字には、その時代に命を吹き込む力があります。
文字は単なる情報ではなく、空気や時間すら語るものだと思うのです。
だからこそ、宇野龍之介さんの筆文字は、単なる「文字」ではなく、情景が浮かび上がってくるような絵画作品とも言えるのではないでしょうか。
筆文字の文化。
このかけがえのない技と感性を、これからも大切にしていきたい。
そんな思いを込めて、今日はこの話を綴りました。
